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柔軟な考えが自分の視野を広くした
AKIKO ここ最近仕事としてバックダンサーもやるようになったじゃない? 自分の中でダンサーとしての意識みたいなのが変わってきたのかな?
O-SHIMA
「うん。昔は視野が狭かったのと、あとあんまりダンスの仕事のこと自体良く分かってなかったからさ。もうホント狭い考えしか出来なかった。クラブシーンだけで何とかなればいいやって。若い時は嫌いな踊りとか結構あったしね(笑)。バックダンスとかジャズダンスとかのニュアンスとか嫌いだったもん。でも、今はほとんどないよ。そりゃあ自分がショウで踊る時は絶対ヒップホップじゃなきゃイヤなんだけど、バックダンスとか仕事や舞台だったら、むしろ『その音でヒップホップの踊りはないでしょう』って思う事のほうが多いからね。」
AKIKO
何がキッカケでそういう意識に変わったんだろう?
O-SHIMA
「う〜ん。そうだなぁ。昔、TRFがプロデュースした《ダンスリパブリック※3》に参加してからじゃないかな。すごく楽しかったんだよ、みんな知り合いばっかだからってのあるけど、同じ世代の人とか結構集まってさ。その辺からかな? 踊りに対しての意識が変わってきたのは。それまではクラブシーンにいる踊りを分かってる人にしか見せてなかったけど、ショウアップされたでっかい舞台でお客さん相手に踊る楽しさを知ったから。ほら、そういうイベントってあんまりダンスファンじゃない人も観に来るじゃん? ダンスファンならさ、マニアックな事すればするほどウケるけど、一般の人にはひねりすぎると『一体これの何がいいんだろ』って事になっちゃうんだよ。」  
AKIKO
自分の中で納得出来る『分かりやすいけど、かっこいいダンス』ってのは逆に難しいかもね。  
O-SHIMA
「そうなんだよね。で、2000年に(安室)奈美恵ちゃんのツアーを回った事で、またさらに変わったんだ。あの時期は自分の踊りに対してホント色んな事考えた」  
AKIKO
どんなふうに?  
O-SHIMA
「俺の踊りじゃうるさすぎるなって。とてもじゃないけどアーティストをバックアップする踊りじゃなかったからさ。自分を目立たせる踊り。当時はまだアーティストの後ろで踊る気持ちってのが分からなかったんだよね。自分が一番じゃないってことに。でも、実際後ろで踊ってみるとそうじゃないんだよ。それはそれでまた広がってくからさ、踊りの幅なんかも。」
AKIKO
そういう柔軟な考えって大切。しっかりしてるねぇ、O-SHIMAクンは。
O-SHIMA
「いや、若いうちならクラブダンサーでもカッコイイんだけどさ、歳取って自分の踊りが広がってくると、それだけしか、ひとつのニュアンスしか出せない自分は寒いと思っただけだよ(笑)。」
※3 90年代に川崎のクラブチッタで開催されていた大型ダンスイベント。現在のクラブシーンで活躍中のTOPダンサー達等を輩出していた。
 
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