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HIDETOMO profile
  • [舞台]
    石井光三オフィス劇団フロントホック振付 「フロントホックはずしたら」ブティストホ−ル
    (磯野貴理子・ピンクの電話所属)振付 「FOR MY LOVELY VACATION」銀座小劇場
    E縁起担ぐ座振付 「ENERGY」東京芸術劇場
     振付 「W SHOW 」横浜相鉄本劇場
     振付 「ノストラダムスの大予言」東京芸術劇場
    ミリヤデ−ル・ダンスミュージカル演出 シアターサンモール 川崎クラブチッタ
    日本ダンス&スポーツ学院振付”90〜”98 新宿スペースゼロホール他
    スタジオKOOL演出・振付 ”98〜”01 ZEPP TOKYO・ヤクルトホールその他
    東京国際ダンスフェスティバル 本人プロデュース公演 「新井風味」品川インターシティホール
     「FUNK IT NIGHT」川崎クラブチッタ
    少年隊ミュージカル「PLAY ZONE」出演
    日本テレビ「ウリナリ」ナトウ踊る忍者伝説出演
    ■ コンサート、イベント、アーティスト
    西城秀樹 振付 クリスマスディナーショー新高輪プリンスホテル飛天
    田原俊彦 「ミュージックステーション」出演

    [映像]
    木村拓哉主演 「JRA」CM出演
    フジカラー「写るンです」CM出演
    テレビ東京「おはスタ」オープニングソング 振付

    [講師]
    NOA ダンスアカデミー ”94〜現在に至る
    STUDIO HEARTS ”99〜現在に至る
    オールテンポ        ”00〜現在に至る
学園祭のヒーロー
AKIKO やっぱりみんなダンサーになったきっかけを知りたいと思う人が多いみたいなんですけど、HIDETOMOさんのも聞いていいですか?
HIDETOMO
「大分昔の話になっちゃうんだけど…(頭を抱えながら)俺はやっぱりアイドルだよね。」
AKIKO
そうですよね。
HIDETOMO
「田原俊彦とかマッチ、少年隊とかの時代だよね。当時TVで歌いながら踊っている彼等を見て、踊りに興味をもったんだよね。」
AKIKO
あ、昔に聞いた事があったかもしれないです。
HIDETOMO
「最初はダンサーっていう職業があったのも知らなかったし、普通にアイドルに憧れてた。要はスターになりたかったんだよね。」  
AKIKO
それでどういう風な踏み出し方をしたんですか? .
HIDETOMO
「それを思ったのが小学校5年生の時だったんだよね。その頃からずーっと高校生まで毎回、学園祭とか、何かしらあると全校生徒の前で歌って踊ってたの。目立ちたがり屋だったんだよね。中学生の頃にある事務所に履歴書を送って、半年位は何も反応が無くって、それで又高校生位の頃に、又履歴書を送ったんだ。そしたらオーディションの告知が来て2次審査を受けに言ったんだよね。でも、コレ話すと長くなるよ…(笑)。」
AKIKO
いいですよ。(笑)じゃ〜要所を掻い摘んでいきましょう。  
HIDETOMO
「時代的には○○が同世代だったんだ。会場には60人位の若者がダンスのレッスンを受けていて、事務所の社長さんが後ろで見てるんだよね。そのレッスンを受けて2次審査に残った人はその後に別館移動して、何人かピックアップして質問をしていくんだ。選ばれた子だけが『来週からレッスンおいでよ。』って言われてオーディションが終了するんだよね。」  
AKIKO
それで合格者が発表されたようなもんなんですか?  
HIDETOMO
「そうだね。俺はその時選ばれなくて、でも絶対入るしかないって考えていたから、最後強引に残って社長さんに『僕、小学校の頃から歌と踊りをやってきたんです。』って言って歌と踊りを見せたんだよね。そしたら『じゃー来週からレッスンおいでよ。』って言ってくれたんだよ。」
AKIKO
じゃー落ちたって分かっていながら、お願いしたって事ですよね。
HIDETOMO
「そうだね。その事務所でスターになる事しか考えてなかった。それから又自分のヒストリーが始まるんだよね。」
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